(研究)日本企業の経営理念による企業文化形成と事業活動への影響① (経営理念)

経営理念の定義と特徴

「経営理念」は、企業がその存在意義や行動の指針を示す上で中心的な概念の一つです。しかし、その定義は研究者によって多様であり、統一された見解がない状況です。
本稿では、経営理念を「組織体として公表している、成文化された価値観や信念」と定義しています。

この定義を補足する特徴は以下の通りです。

  • 経営者の信念・指導原理:経営理念は、経営者の信念、信条、思想、経営観を反映したものですが、単なる個人 の考え方ではなく、企業経営における指導原理として社会的に共感される必要があります。
  • 成文化と公表性:経営理念は、読み手に対して記載内容に応じた働きかけの効果を持つとされています。この効果を最大限に発揮するためには、分かりやすい表現での成文化と社会への公表性が極めて重要です。公表することで、経営者の独善的な考えではなく、社会的な受容と支持を集める内容であることを保証する役割も果たします。
  • 二つの概念の両立:経営理念は、企業の存続と成長といった経済的側面と、より高次の理念や社会的価値を同時に追求する特性を持ちます。理念型経営を行う企業は、「基本理念の維持と進歩の促進」という「ANDの才能」を追求するとも言われています。
  • 企業文化形成への影響:理念に基づいた行動を促し、組織内の共通の価値観として浸透させることで、企業文化の形成に寄与します。理念が浸透し、社員がそれに共感し実践することで、組織の目標達成を目指す側面が強調されます。

経営理念の二つの性質:領域性と階層性

経営理念には、その影響範囲の幅としての「領域性」と、概念の高さとしての「階層性」という二つの重要な性質があります。

  1. 領域性(影響範囲の幅)
    • 経営理念は、企業内部向けと外部向けの二つの領域を持つとされています。
    • 「自戒型」(経営者向け)、「規範型」(従業員向け)は企業内部に影響を与え、「方針型」(社内外向け)は企業の方針や社会的課題に応じて社外にも影響を与える意図があります。
    • 北居・松田(2004)の研究では、「経営内部の統合機能」と「経営外部に対する適応機能」に分類されており、経営理念が企業内部と企業外部の対象範囲に影響を及ぼす「幅の観点」を有していることを示しています。
    • 経営理念に効果を発揮させるためには、適切な対象に合わせた理念を明確に公表し、浸透させることで幅広い領域性が形成されると考えられます。
  2. 階層性(概念の高さ)
    • 経営理念に関連する表現は多岐にわたり(例:企業理念、基本理念、社是、ミッション、ビジョン、バリューなど)、これらは「上位概念としての経営理念と同義のもの」、「それを具体化したもの」、「その両者を内包したもの」という3つの分類が可能とされています。
    • 経営理念は、理想としての上位概念(恒久的)から、実践原理としての下位概念(可変的)に至る階層的な構造(「高さの観点」)を持つと論じられています。
    • この階層性を効果的に活用することで、企業は経営環境に応じた柔軟な理念の設計と適応が可能になると考えられます。
    • ただし、この階層性には問題点も指摘されています。客観的なルールが存在せず、企業が独自の解釈で定義を行うため、新たな下位概念を後付けで追加する際に、上位概念との関連性を考慮しないと、階層性が失われ、理念が形骸化する可能性があります。

歴史的背景

経営理念は、1980年代に米国企業の競争力低下を背景に、日本の理念型経営やジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー』のような、経営理念を重視した企業活動への関心が高まった中で注目されました。

パーパスとの違いと共通点

経営理念とパーパスは、共に企業の羅針盤となる重要な概念ですが、その焦点や意図する影響範囲に相違点があります。

共通点 :

  • どちらも企業における中心的な理念として機能します。
  • 利益や成長といった経済的側面と、より高次の理念や社会的価値を同時に追求する特性を持ちます(「ANDの才能」)。
  • 効果を発揮するためには、分かりやすい表現での成文化と社会への公表性が重要です。
  • 理念に基づいた行動を促し、組織内の共通の価値観として浸透させることで、企業文化の形成に寄与します。
  • 上位概念と下位概念からなる階層構造を持つと考えられています。

相違点(主な違い):

  • 目的の焦点
    • 経営理念は、企業の価値観や社会的責任を明確にし、その価値観に基づいて経営戦略や活動を行い、事業の成長と継続性を追求します。組織内の従業員や関係者が共通の理念を持ち、それを実践することで組織の目標達成を目指す側面が強調されます。
    • パーパスは、「地球上の人類が抱える課題に対し、利益を生み出せる解決策を提示すること」を核心的な目的とし、社会的な課題解決や社会的な価値創造を目標とします。
  • 影響範囲(領域性)
    • 経営理念の企業活動は、企業の経済的活動の範囲に留まる傾向があるとされています。社会的課題解決を必ずしも主要な目的とはしません。
    • パーパスは、広範なステークホルダー(株主だけでなく、従業員、顧客、サプライヤー、コミュニティなど)に対し、社会や地球環境のサスティナビリティへの貢献を示すことを意図しており、理念の影響範囲である「領域性が広い」可能性が示唆されています。調査結果でも、パーパスを標榜する企業の方が経営理念を標榜する企業よりも、領域性に優れている企業の比率が高いことが示されています。
  • 実践における積極性:調査結果では、パーパスを標榜する企業は、経営理念を標榜する企業と比較して、理念の標榜に関する積極性が高いことが明らかになっています。
  • 階層性の優位性:パーパスを標榜する企業は、経営理念を標榜する企業と比較して、階層性に優れている企業の比率が高いことが示されています。パーパス経営は、理念に基づく経営の業績においても経営理念型企業よりも良好な成果を上げていることが明らかになっています。

経営理念が、自社の事業活動や内部統制の「羅針盤」であり、組織の航海(事業活動)の「特定の港」への到達を目指すものであるならば、パーパスは、その航海が社会という「広大な海」にどのような価値をもたらすのかという「壮大な旅の目的」を示す「北極星」であると言えるでしょう。パーパスはより広範な社会的影響を意図し、経営理念はその内部的な指針としての役割が強調される傾向があります。

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